日本一の奇跡、清流仁淀川。そして悲運の武将、武田勝頼が眠る地を巡る旅の駅

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【2014年】

・7月 2014長篠設楽原決戦場まつり参加

 恒例の「長篠 設楽原決戦場まつり」に武田勝頼土佐の会メンバー9名で参加した活動である。
 長篠の戦い(ながしののたたかい)は、天正3年5月21日( 1575年)、三河国長篠城(現愛知県新城市長篠)をめぐり、織田 信長・徳川家康連合軍3万8000と武田勝頼軍1万5000との戦いがあった場所である。長篠城跡(史跡保存館前)今年初めて視察し、仁淀川町まで来ていただいた第1回全国武田の里サミットIN土佐で設楽原鉄砲隊(隊長菅谷様)が参加いただき、今回はこちらが参加し、交流しました。一昨年も岡林会長が参加し、宇宙桜の植樹祭にも参加頂きました。新城市長様とも記念写真させていただき、より強い絆が深まった活動である。

設楽原決戦場まつりに参加
設楽原決戦場まつりに参加
(愛知県新城市)
新城市長とツーショットの岡林会長
新城市長とツーショットの岡林会長
(愛知県新城市)
韮崎武田の里旧温会会長山本氏と再会
韮崎武田の里旧温会会長山本氏と再会
(愛知県新城市)
設楽原決戦場まつり、神事に岡林会長参加
設楽原決戦場まつり、神事に岡林会長参加
(愛知県新城市)
・9月 2014秋の陣 玄蕃勝頼公祭り

 2014年 秋の陣は「玄蕃 勝頼公祭り」として実施。擐甲の礼として第2回目(第1回目は2012年実施された)となる戦国イベントを行った。これは武田家の継承式、此処では勝頼公から信勝公(甲斐武田21代目)に家督を譲る儀式を指し、土佐では天正13年2月8日(1585)にタイムスリップして、前回は2012年「第1回全国武田の里サミットIN土佐」で大崎八幡宮神前にて執行されました。以後はこの継承式を模して行う儀式として、今回も実施。
*御館様  武田勝頼公役(岩本龍樹)仁淀川町大崎 池川中2年生 
*奉行役  片岡光綱公役(片岡豊涌)高岡郡越知町片岡氏末裔
*継承者  武田信勝役 (岩本侑志)仁淀川町大崎 池川小6年生
*援軍参陣及び祝砲 丸亀城鉄砲隊 香川県高松市
(讃州久米流古式砲術研究会)隊長 山本陸雄氏
 時は今、天正13年(1585年)2月8日にタイムスリップし、大崎の陣大崎八幡宮の境内において烏帽子親「長宗我部元親公」をお迎えし、奉行立会人として片岡光綱公の同席を願い、武田家第21代当主となられる、武田信勝公の継承式「擐甲の礼」として執り行った。烏帽子親である長宗我部元親公より「擐甲の礼」を執り行う旨の宣告「これより武田家第21代当主武田信勝公の継承式「擐甲の礼」を執り行う」の言葉で盛り上がりを見せた。戦国土佐にロマンを誘うのである。
 開会の言葉(武田勝頼土佐の会 岡林会長)
 「戦国の集落、4年前の400年祭の会場で発表したテーマタウン構想、戦国の集落をイメージした町づくりを宣言しました。以来、高知県の観光ガイドブックにも掲載され龍馬パスポートや、県外からのガイド訪問者が来町するようになりました。武田の里大崎の陣には誇れる観光資源が有ります(武田勝頼公の墓所、2つ目が武田信勝公の墓所、3つ目が大崎八幡宮に鎮座する武田家始祖12尊の正体)です。全国の武田の里としての観光資源として誕生してから3年あまり、広域観光拠点の街づくりが開花しようとしています。今後、広域観光の連携を確実なものにして行くには、武田の里として特色のある町づくりイベントを定着する必要があります。其れには官民を挙げての取り組が必要だと感じています。大崎のこの場所が仁淀川町の中心地に成ろうとしています。明るい未来に期待しまして開会の挨拶と致します。」

2014秋の陣イベントのチラシ
2014秋の陣イベントのチラシ
勢揃いの土佐の武者たち
勢揃いの土佐の武者たち
(仁淀川町大崎 大崎八幡宮)
武田信勝公の継承式「擐甲の礼」を執行中!
武田信勝公の継承式「擐甲の礼」を執行中!
(仁淀川町大崎 大崎八幡宮)
「擐甲の礼」を盛り上げる祝砲!
「擐甲の礼」を盛り上げる祝砲!
(仁淀川町大崎 大崎八幡宮)
鳴玉人まで「おなばれ」
鳴玉人まで「おなばれ」
(仁淀川町大崎 大崎八幡宮)
長宗我部元親役の福家氏とツーショットの岡林会長
長宗我部元親役の福家氏とツーショットの岡林会長
(仁淀川町大崎 大崎八幡宮)
勝頼ゆかりの「玄蕃踊り」も披露された
勝頼ゆかりの「玄蕃踊り」も披露された
(仁淀川町大崎)
仁淀川町長の挨拶
仁淀川町長の挨拶
(仁淀川町大崎)