日本一の奇跡、清流仁淀川。そして悲運の武将、武田勝頼が眠る地を巡る旅の駅

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0889-20-2003

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◆越知町横畠栂ノ森にある勝頼の娘の墓

 勝頼の娘がおり、共に土佐に落ち延びている。名は「檮姫(ゆすひめ)」という。池川安居村(現仁淀川町)で雅楽(がらく)と婚姻、24歳で逝去此処に祀られている。平成16年4月3日に勝頼の娘の墓を発見に至りました。場所は高知県高岡郡越知町横畠東栂の森です。岡林会長が家系図にある文章を頼りに辿り着き、ちょうど墓守をしている方に出会い、勝頼の娘の墓であることを確認したもの。嫁ぎ先は信豊の次男雅楽、別名左馬助貞秀(読:よこばたけさまのすけ)でありました。地検帳では、「黒岩城に住む」と記されておる人物で、片岡氏の重要な家臣でありましたが、長宗我部氏の家臣団の中にも名前が出てきます。系図には女子 横畑左馬助(貞秀)の妻、黒岩村の(ほのぎ)に出てくる、没後お墓は「横畠栂の森、畑の縁に立ちし岩あり此所岩の東馬骨石に印し立て有り」と記されております。

越知町の武田家伝説地にある墓標群
越知町の武田家伝説地にある墓標群
(越知町栂の森)
菱形ラインがくっきりとある墓標
菱形ラインがくっきりとある墓標
(越知町栂の森)