日本一の奇跡、清流仁淀川。そして悲運の武将、武田勝頼が眠る地を巡る旅の駅

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うどん茶屋かつより

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0889-20-2003

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◆(父)武田信玄の死去

 元亀4年(1573)、(父)武田信玄が没すると、武田勝頼は事実上の世継ぎと成る。ここに信玄派・勝頼派の対立が始まる。信玄は「自分の死を三年は隠し通し、その間に国力を養え」と遺言したと言われている。徳川家康は信玄の死去の真偽を確かめる為に武田方の拠点であった長篠城を落として挑発してきた。つまり、信玄死去の情報は、既に他に漏れていたという事になる。