日本一の奇跡、清流仁淀川。そして悲運の武将、武田勝頼が眠る地を巡る旅の駅

観光ガイドと地味噌うどんの店

うどん茶屋かつより

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0889-20-2003

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定休日  日曜祝日・12/29~1/3

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◆(父)武田信玄の葬儀

 天正3年(1575)に遺言通りに3年間は信玄の死去を隠し通して、ついには葬儀が行われると、信玄の死去を知るいなや武田氏を見限って、他家に寝返る者が続出し、更には重臣までもが徳川氏に寝返り長篠城は徳川家康のものとなった。更には、信玄の死去の噂が先行しておった為に、武田信玄の築いた包囲網は既に無く、織田信長の支配下に組み込まれていた。この時、信長の勢力は2倍近くに増強されていた。父、武田信玄が神格化され、余りにも大いなる存在であり、信玄が死去したとの情報が漏れていたという事の影響は大変大きい。武田勝頼を、信玄が死去する前に、正式に跡継ぎと決めていなかった事が、父信玄最大の過ちであるとする見方も少なくない。