日本一の奇跡、清流仁淀川。そして悲運の武将、武田勝頼が眠る地を巡る旅の駅

観光ガイドと地味噌うどんの店

うどん茶屋かつより

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0889-20-2003

営業時間 午前9:00~午後9:00

定休日  日曜祝日・12/29~1/3

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◆御館(おたて)の乱

 天正6年(1578)、越後で上杉謙信が病死すると、謙信の二人の養子である景虎(かげとら)と景勝(かげかつ)との間で家督(かとく)を巡り「御館の乱」が起こる。勝頼は、妻の兄であり、景虎の実兄である北条氏政の要請が有り、景虎の支援をし調停を試みるが、自陣営が不利となり、更には景勝から好条件の同盟(金)の話しが有り、外交方針を転換して、景勝の支援にまわり、景勝の勝利となった。そして勝頼の妹の菊姫を景勝に輿入れしている。天正7年(1579)沼田城を陥落させる等の活躍をしている。

 影虎は自害する事となり、北条氏との関係が悪化し対立することになる。北条氏は徳川氏と手を結んでしまい、勝頼が同盟を結んだ上杉氏は先の内紛で国力が低下しており、援軍が出せる状態ではなく、武田氏の勢力は益々衰え、苦境に追い込まれる。また同年(1579)には、勝頼(かつより)の子である信勝(のぶかつ)の元服も行った。