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0889-20-2003

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武田信仲(信之)の墓所が最近発見

武田信仲(信之)の墓所が最近発見

この一族は大崎姓を名乗り、大崎半四郎の家族達が向口地区に移住していたが、後年に一部族を残し大崎一族は加枝地区に移住して氏神を分祀したのではないか!

信玄の三男で勝頼の兄に当たる(系図から)。
大崎長門守信安・葛山三郎・大崎信安とも言う。
天文11年(1542)壬寅甲府に於いて生母は転法輪三条大納言公仲公女也
法名:法定院殿常雲鏡山大居士  BC系図では禅定門と成っている。

正史では、三男武田信之=武田豊信(1543~1553)11才で亡くなっていますが、上総武田氏当主。武田清信の養子とされている。一説には甲斐武田氏の武田信玄の三男信之が養子として入ってきたとも言われている
生まれが一年違いですが此の人物だと思います。

一般的には大崎半四郎では無いかと言われていますが、
嫡男が安行・平(半)四郎と言われ、桜の大崎半四郎の墓所は此の人物と思う。

B系図では藤野々に住居す、と書かれている。大崎村川井では有るが
この場所は大字が藤野々です。住居は未定ですが近くに葬ったと思われる。
吾川地主先祖墓(近年に建てられた墓)

向口の大崎一族の墓所
加枝地区の大崎氏大先祖の墓所
桜半四郎墓所

父は武田信仲、信玄の三男天文11年(1542)甲府生まれ、大崎に下り大崎長門守信安という。元和4年(1618)7月8日77才で卒す。
土佐郡史には大崎城主大崎長門居と有ります。
碑の裏に書かれた慶長15年3月14日土佐領主の追手に討ち死に。
は嫡男の「安行」半(平)四郎では無いかと推測。