日本一の奇跡、清流仁淀川。そして悲運の武将、武田勝頼が眠る地を巡る旅の駅

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0889-20-2003

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武田家系図 10~13代

武田家系図 10~13代

10代 武田信武(1292~1359) 
*土佐系図(1298~1373)永仁6年生まれ・応安6年7月9日没
信宗(9代)後武田家衰て漂流する事百有余年也時に此の信武豪傑出て康永中より文和2(1353)至り軍功多り甲斐守に任じ先祖例にて伊豆守となる始彦六と云し時より足利将軍尊氏公の荷恩あつし延文3年(1358)4月晦日61才にて出家して隋蓮と云尊氏公逝去故に応安6年7月9日成福寺贈号に云76歳にて卒京都天龍寺に葬る 母は:武藤左衛門尉藤原景頼の女
福壽院秋瓘隋蓮大居士  又福壽院号
    母の法名 徳雲院殿法壽白瑞尼大姉
信武の子供について
・ 嫡男信成 甲斐武田氏を継ぐ
・ 女子
・ 四郎直信
・ 次男氏信(11安芸)信家 伊豆守
            貞信 甲斐守 正慶元生壬申(1332)
            基綱 武田三郎 反逆西国に隠る安芸卒
            威義 武田十郎 建武元生甲戌(1334)
            嫡男 威行12 母は土岐弾正

・安芸武田
11代氏信 →12代信在(盛行)→13代信守(信武)→14代信繁(信重が養子合流) →分流15代元綱 →16代元繁 →17代武田光和 →18代武田信実1541年滅亡
*土佐系図では(13代目 信武)信武と成っている。
  この信武は武田彦六郎・伊豆守 
母は武藤筑後前司頼武の女 謚号 養法院殿瑞泉貞壽大禅定尼
康歴元巳未(1379)誕生 永享11年(1439)7月晦日61病死   法名 清浄心院殿雪渓照公大禅定門 
・甲斐武田
11代信成 →12代信春 →13代信満 →14代信重(安芸信武の養子合流) →15代信守(信森) →16代信昌→17信縄 →18代信虎 →
19代信玄(晴信) →20代勝頼1582年滅亡
* 安芸武田の11、12代について土佐系図から調査